車輌のおもしろさ
508mmゲージのディーゼル機関車
2011年、第7回をむかえた軽便鉄道模型祭のポスターは、山奥のトロッコを素材にしたものでした。それまで割と有名な路線が登場していたので、デザイン担当のKさんとしては
「そろそろ産業系で何かないかなあ」と考えて、実行委員会メンバーと相談したところ、これはどう?」と出てきたのが
この写真。
小さなディーゼル機関車が山間のカーブを鉱車を牽いてくるシーン。
鉱山の施設をバックに美しい弧を描いた線路、切通しとカーブの配置も絶妙で模型的な印象があり、こういうジオラマを作って見たいなあ
という気持ちが湧いてきます。
けれども、これだけだと、どこの何か分かりません。そこで、特徴のある小さな機関車の拡大写真と組み合わせてみました。
鉱山というと、坑内に入るための平たい蓄電池機関車や、ごついデザインの古いガソリン機関車などが思い浮かびますが、 これは1970年代後半に製造された4トンのディーゼル機で、撮影時には納品され数年しか経っていない新品。508mm(20インチ)ゲージで エンジンルームが小さく、キャプ窓が広く横長で1枚なのとあいまって、軽快な印象を高めています。
実は、撮影者がこの専用線に出会ったのも、この機関車が関係しています。1979年の春に屋久島の森林鉄道を訪れた際、北陸重機製のモーターカーが
新製配備されており、納品のために来ていた同社の技師とたまたま同宿したので、「立山砂防軌道以外にナローゲージの機関車を納品したところがありますか?」という質問をしてみました。
すると、「最近、岩手の日本粘土鉱業に納品した。場所は岩泉の近くの名目入(なめいり)というところ」という答えが返ってきたのです。
当時仙台に住んでいた撮影者は、戻ってすぐに電話帳で日本粘土鉱業を探し、見学OKの返事をもらうと、クルマで現地に向かいました。
鉱業所の所在地は、鍾乳洞で有名な龍泉洞の近く。太平洋に注ぐ小本川の上流なのですが、盛岡から北上山地を越えて東に向かうルートをとりました。
年配の鉄道ファンならば、かつて存在した岩泉線(古くは小本線)という秘境ローカル線をご存じでしょう。
盛岡から宮古へ向かう山田線の茂市から分岐して、北上して峠を長いトンネルで越え、閉伊川から小本川の水系に入るという
厳しい自然条件を克服して敷かれた路線で、鉱山は小本川沿いの駅から少し離れた上流側にありました。そんなロケーションゆえに、
存在が知られていなかった軌道です。
その昔、三陸海岸と盛岡を結ぶ交易ルートだった高原の道をひたすら太平洋に向かって走り、小本川に沿って下っていくと、やがて斜面に鉱山らしい施設が見えてきました。
斜坑からインクラインで鉱車を引き上げる線やデルタ線などもあり、なかなか魅力的な景観があります。
小さな機関車は
掘り出した粘土を積んだ鉱車を移動させたり、坑木などの資材を運ぶために使われていたようです。
実は、ここは昭和初期から採掘をしていたそうで、この時点で約半世紀の歴史を有していたのですが、知られていなかったのは
掘っているのが耐火粘土で金属鉱山ではないため、鉱山軌道のリストに登場しないという事情もあったようです。
訪問時に現地で聞いた話では「これまで軌道を撮影に来た客はいない」とのことでした。
その後、ナローゲージ・鉱山好きな鉄道ファンに知られるようになりましたが、1990年代半ばに坑内採掘をやめ
軌道による輸送も廃止されてしまいました。
軽便鉄道模型祭には、いわゆる「みそしる軽便」と並んで鉱山の軌道をモチーフにしたジオラマが
しばしば登場します。山間に所狭しと配置された鉱山の施設と、そこをちょこまかと走り回る小さな車輌は、模型心をくすぐる格好の素材かもしれませんね。