車輌のおもしろさ

      

瑞三の1067mmガニ股機関車

増補改訂版『基隆&瑞三炭鉱鉄道』では、瑞三礦業のポケット(ホッパー)下と侯硐駅との間で貨車を受け渡ししていた2輌の蒸気機関車についても紹介しています。 今回は、このうち雨宮製を改造したと思われる1輌をとりあげましょう。

この機関車の写真は、鉄道ファン65号「台湾の汽車5」に2枚掲載されて以降、長らく公表されませんでした。形態が魅力的でない、正直に言うと不細工なので 「機関車美学」を提唱していたけむりプロの作品に登場しなかったのも、無理からぬことと思えます。
 真横から見た時は、右写真のようにそれほどひどいようには見えません。サイドタンクを小さくしてやれば、軽便らしい、それなりにまとまったプロポーションになりそうな気がします。
 ところが…

瑞三礦業のヤードで入換え中の姿 1966年3月 撮影=杉行夫(左下の正面写真も)

 正面から見ると、大きなサイドタンクに挟まれた細身のボイラーが、やたら横に広い台枠に乗っている<下ぶくれガニ股>。 さらにまずいのはキャブで、<寄り目で顔が幅広>。センスのない窓のヒサシが妙に目立つ。
 そして、後ろ姿はもっと凄いことになっています。発見したとき、夢遊仙人さんは「まるでつぼみ堂ののBタンク(※)だ」と思ったそうですが、 幅広感はたしかに似ています。もっとも、顔つきや後ろ姿は「つぼみのBタンクの方が可愛げがある」という方もおられるかもしれません。

前は連結器が無いが後ろは高い位置に自連が付いている 右=1966年3月 撮影=夢遊仙人

ボイラーまわりは軽便サイズで軌間が1067mmなのですが、雨宮製作所は そういう形状の機関車を製造した例があるので、これも新製時から<ガニ股>だった可能性がゼロではありません。 しかし、キャブ前窓の位置が<中央に寄り目で幅広顔>になっているところを見ると、ナローの機関車を手に入れて 台鉄の軌間と同じに改造し、キャブとサイドタンクもそれに合わせたように見えます。このクラスの機関車は、普通キャブ背面に窓2つか 広い窓1つで、その下に石炭を積むコールバンカーを持っているのですが、中央<1つ目>で長いヒサシ付きなのは ホッパー下での作業の都合によるものでしょう。広いキャブ床左側に間に合わせの石炭置き場。そして台鉄の貨車との連結のため 後ろだけ高い位置に連結器。現場での使い方に合わせたデザインのまとまりのなさが、この機関車の経歴をよく物語っているのではないでしょうか。

前回に紹介した瑞三復興坑の508mm雨宮2輌、北五堵に放置されていたもう1輌と比較できるよう、正面から撮った写真を並べたものが 『基隆&瑞三炭鉱鉄道』110ページにあります。ぜひご覧になってバランスの違いと、共通する特徴を確認してみてください。

かつて国鉄のあちこちの駅で「貨車移動機」が使われていましたが、しばしばナローサイズの軌間を広げたガニ股のものが見られました。 ナローのKATO内燃機は、なかなかまとまりの良いスタイルをしていますが、1067mm用にされたものは、もっさりした下回りと高い位置に付けられた大きな自連のせいで お世辞にも格好良いとは言えません。蒸気機関車で同じことをしているのが、この瑞三の1067mmなのです。
 石炭を積んだ貨車数輌をポケットから台鉄側に動かすだけなら出力の大きい機関車、たとえば台鉄のCK120(C12)などは必要ありません。 ですから「貨車移動機」だと考えれば、この機関車の形態にもそれなりの合理性があったということが分かります。しかし、もう少しなんとかならないものか…

※つぼみ堂模型店は1950年代から70年代後半まで、多くの鉄道模型ファンに愛された普及品を製造していた。 Bタンクは1957年発売の16番製品で、当時小さいモーターが無かったこともあり幅広のデザインだったが、発売当初は未塗装完成品が550円。60年代初めでも塗装済み完成品が1500円以下で買えた。

左のサイドタンクとキャブ背面との間に木の
板を重ねた仕切りを入れ、その内側に石炭が
積まれている。板同士は針金で留められてい
るが全体は取り外せる 撮影=杉行夫

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