線路の楽しさ

     

ちょっとカーブがきつかったです(助六のリバース線)


 いったい何をしているところなのか? 気になりますよね。
 モーターカーの向きを変えるためのリバース線(P字型の線)がきつくて自走して回れないので、人力で通過させているのです。

 モーターカー用のターンテーブルは、木曽では設置されている場所が本線の停車場だけだったので、支線に入ると人力で回さねばなりません。200kgの超小型のものなら3-4人で持って回せますし、レールを利用した簡単な転向装置を車体の脇にぶら下げている車輌もありました。しかし写真のタイプになると1.5トンもあり、水平が保てない転向装置に乗せて回すのは危なかっただろうと思います。

とうとう曲がりきれず丸太の登場 ウグイ川線助六 1976年 2枚とも撮影=角田幸弘

 ウグイ川線は本線の大鹿から分岐していた全長13キロの支線ですが、この当時の終点である助六にはターンテーブルが無く、途中の坊主岩のリバース線を利用しても、奥の4キロ分は片道を逆向きに走らねばなりませんでした。そのため末期には、モーターカーの向きを変えるためだけに写真のリバース線を設けたようです。
 ところが、この車輌はホイールベースが長く重たいので、車輪とレールの摩擦が大きく、エンジンをかけてここを曲がろうとするとすぐ脱線してしまいます。そこで運転手と乗客が総出で押すものの、いちばん半径の小さい部分が通れない。最後は右写真のように丸太を抱えてグリグリこじっていかないと、曲がりきれないのです。いやいや、ご苦労様。

 これじゃあ、何のためにリバースを作ったのか?と言われそうですが、この車輌は上松の所属でウグイ川線にはめったに入ってこないので、もっと小さいモーターカーを回す想定で施工した線路だったのでしょう。窓にカーテンが付いているところを見ると、ふだんは偉い人の巡視用に使っていた車輌ではないかと思います。

 実は、リバース線を作る前は、この場所は左写真のような状態でした。崖沿いの少し低くなった留置線が本線に合流しているだけだったのです。この側線をさらに外側に移すため崖から突き出た桟橋にして、最後を強引に曲げて逆向きの分岐を設けてつなげている。おそらくいちばん右端の部分は急曲線に加えて上り勾配になっているはずです。 こんなふうに無理やり作ったものなので、大き目の車輌が回らないという事態が生じたりするわけですね。
 なお、写真でモーターカーを押している人たちは「偉い人」ではありません。ちょっとした交渉の末、上松からここまで立派な車で送ってもらった当時の羅須の関係者です。窓ガラスも無く幌で覆われた小さいモーターなら簡単に回れたのでしょうけど、立派な車輌で送ってもらったために自分で押して回すハメになった、という落ちでした。

1973年 上写真の右手側から撮
影したもの 撮影=かねた一郎

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