四季おりおりの姿

    

軽便鉄道冬景色その4(尾小屋鉄道)


 北陸本線の小松駅から出ていた尾小屋鉄道も、終点近くの山中ではかなりの積雪量がありましたが、1970年まで除雪車は保有していませんでした。2輌のディーゼル機関車と予備の蒸気機関車を持っていたので、冬には気動車を使わず定期列車をディーゼル機関車が牽引し、その前後にスノープラウを付けた除雪列車も走らせていたのです。かつては、雪の季節になれば下のような蒸気機関車の活躍する光景も見られたのでしょうね。

 尾小屋鉄道 大杉谷口~金野町。1972年3月 2枚とも撮影=山猫軒主人

 種明かしをすると、この写真は除雪列車や貨物列車ではなく、鉄道ファン向けに蒸気機関車を走らせたときのものです。1960年代末になると、走行可能なナローゲージの蒸気機関車を保有しているのは、この尾小屋鉄道だけになっており、ときおり映画やテレビのロケに使われるほか、鉄道ファン向けに会費を取って走らせ、ちょっとした収入源にしていました。

 機関車は戦時中に立山重工でつくられたもので無骨なデザインは格好よいとは言えませんが、もくもく煙をあげ白い蒸気をまといながら雪の中を疾走する姿は、なかなか迫力もあり感動的です。
 このときには鉄道ファン3-40人が撮影していたはずですが、写真は保育社のカラーブックス『軽便鉄道』(1982年)に1枚紹介された以外には、ほとんど公表されていないようです。上の写真では雪を蹴散らして進んでいるように見えますが、実はこの日の積雪はたいしたことがなく、左のように機関車にスノープラウは付けていませんでした。

 ところで、1960年代になると国鉄の構内除雪用などに小型のディーゼルロータリーが使われるようになりますが、尾小屋鉄道はそれを参考にしたのか70年代に入って小さなロータリー車を自作します。その車輌は台枠にロータリーヘッドを付けエンジン載せただけで、車体が無く幌で覆われているという相当のゲテものだったのですが、最初のうちは自重が不足気味で脱線を繰り返し、使い物になりませんでした。何冬かを越すうちに、手を加え安定して走れるようになり、廃線の近づいた70年代半ばにはディーゼル機関車に推されて本線の除雪にも出動するようになっています。

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