ストラクチャーの魅力

     

小坂の踏切り小屋と街並み


 小坂鉄道小坂駅 1961年 3点とも撮影=柳一世  上の踏み切り小屋は、この時点では使用されていなかったらしい

 これはすごい、としか言いようのない写真です。駅のすぐ手前の踏切りにあった番小屋。六角形のお堂のような建物で、屋根の突起も実に風情があります。窓のすぐ上のところに屋根と同じ形の庇がついており、窓も普通の鉄道施設とは思えない。
いったい何故、こんなデザインの小屋にしたのでしょうか。並べてある石も、けっこう大きくて妙に雰囲気がある。右の立て札に「電車道を歩いてはいけません」とあるので、柵は線路内に立ち入らないようにするためのものでしょう。
 こんな形にする理由が想像できないので、もしかすると、本当に元は村のお堂か何かだったものを線路脇に据え付けたのかもしれません。そう思うと、右の高札みたいな立て札に書いてあることや、掲示板らしきものに貼ってある破れた紙に何が書いてあるのか等も気になりますが、残念ながらハッキリとは読めません。

 街中の様子も興味深いので、ついでにご紹介。手前は「雪印」「森永」などの瓶が並ぶ牛乳屋の店先。通りの向こう側は、左から順に「駅前理髪店」、「朝日新聞販売所」、その向こうは「中華そば」の看板がかかっています。
 学帽を被り、ゲタを履いた少年が磨いているのは、マツダの軽商用車B360。1950年代後半から軽四輪、軽貨物自動車が各メーカーからいろいろ登場する中、マツダが最初に手がけ、この年に発売された軽四輪トラックです。1961(昭和36)年といえば、国内線で初めてジェット機運行が始まり、国鉄の幹線に気動車特急が走り始め、東京で「ワンマンバス」が登場した年。日本にはまだ高速道路がありませんでしたが、モータリゼーションの波は道路が舗装されていない鉱山町にも到達し始めていたことが見てとれます。
 写真のB360は、おそらく配達用に買ったばかりの車だと思いますが、当時の価格は約30万円。決して安くはありません。この少年、父親か母親に「新車だからキレイにしとけよっ」と命じられたのではないでしょうか。

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