車輌のおもしろしさ

    

小坂の電気機関車


 「味噌汁軽便」の定義は明確ではなく、実際の鉄道には運んでいたものや動力の種類で、様々なバリエーションがあります。
 ナロー時代の小坂鉄道は、鉱山鉄道でありながら立派な客車群を持ち、蒸気・ディーゼル・電気機関車が同時に活躍していました。非常にめずらしい、プロトタイプとしては参考になることが多い存在だと思いますが、ナロー時代の画像資料が少なく、あまり模型も発売されていないようです。

 小坂鉄道31型機関車 1961年 小坂駅構内 3枚とも撮影=柳一世

 小坂の電気機関車は、昨年の「軽便鉄道模型祭」ポスターや「軽便讃歌5」にも登場しましたが、古めかしい凸型の車体がなかなか魅力的です。角度によっては、下回りがもっさり重たい印象があるのですが、上の写真の角度は非常に格好よく見えると思います。

この時点で製造から34年を経ているが、くたびれた印象はない

 これは1927(昭和2)年日立で2輌製造され、国産の電気機関車としては最も初期のもの。同じ頃、日立は似たタイプの機関車を両備鉄道(2フィート6インチ、後に改軌して福塩線となる)にも納入しているそうです。
 形態的には、キャブ部分があまり長くないことと、機関部が前後に向かってストレートに落ちているのが特徴です。三井三池の二軸の凸電をボギー化したような感じで、上信電鉄のデキ1とも似ていますが、下回りと細部には相違点も多い。三池と上信の機関車はドイツのジーメンス社製で、そのデザインに影響された可能性もありますが、イコライザーの目立つ台車はむしろGEやウェスチングハウスの電気機関車に似ています。

台車はアメリカの機関車に使われたボールドウィン台車のデザインに近い

 こうした形態の電気機関車は、1900年にGEがイタリアに納入したものと、同時期に英国のノースイースタン鉄道で使われたものが最初の例だそうで、北米ではポール集電の機関車も多かったようです。
 本邦の「ナローの凸電」では花巻、栗原、近鉄、黒部峡谷、そして太平洋炭鉱や明鉱平山などの細い鉱山用機関車が有名ですが、それらと比べて非常にシックで重厚な印象があります。見た目に「小さくてかわいい」ナローらしさがあまり感じられないとも言えるでしょうが、元来、小坂鉄道の車輌はナローにしては大きいものが多いので、客貨車とのバランスは取れています。

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