今月の写真

「今月の写真」では、南軽出版局関係者が撮影した、軽便の魅力に溢れるシーンを公開します。ここで掲載したものは、翌月には再分類して「軽便の魅力」ページの画像倉庫にしまっていきます。 当面は隔週の更新で、新刊の書籍の見どころや、軽便鉄道の魅力を掘り下げるシリーズを続ける予定です。

軽便祭ポスター裏話 その13  糸魚川の和製ドコービル

ポスター(2018年)

右は2021年の第17回「エア軽便祭」ポスターの1枚。正面の機関車が、糸魚川の東洋活性白土工場の専用線にいた軌間2フィート(610mm)、メーカー不明の1号機です。
 この専用線のことをご存じの方なら、ポスターを見て「珍しい瞬間だ」という感想をお持ちになったことでしょう。当時は左に見える協三工業製の2号機が使われており、この機関車は 予備機として機関庫の奥にしまわれていました。庫から出して撮影させてもらえる場合でも、普通は工場内で撮ることしかできません。 撮影地は工場を出て800mほど進んだ国鉄との積み替えホームで、1号機がここに出てくることは普段ないのです。
 実はこの日、橋本真さん等「さーくる軽」メンバーが特別に便宜を図ってもらい、無火の1号機を2号機が推す重連の列車が工場から積み替えホームまで走りました。 撮影者は、そのイベントに参加させてもらったことで、この瞬間をフィルムに収めることができたのです。

 下は加工する前の原画ですが、正面の1号機が停まっている引込線は普段は使われていないので、すっかり草むしています。右に写っているタンク車は軌間3フィート6インチ。 左に見える2号機とサイズを比べてみてください。

左が協三製2号機、中央が1号機。タンク車の右は北陸本線。東洋活性白土専用線と国鉄の積み替えホーム前 1971年7月 撮影=山猫軒主人

 1号機は、明治時代にフランスから土木工事用として輸入されたドコービル社製の蒸気機関車を手本に、日本のメーカーがつくったもののようです。 "Decauville"は、フランス語では「ドコーヴィーユ」と発音されますが、土木工事という用途に引っ掛けて、明治時代から「土工ビル」と言い慣わされていました。 アウトサイドフレーム、ワルシャート式弁装置、四角いベルペア火室、ボイラー先端まで延びたサイドタンク、上から見ると正方形に近い、という特徴があり、 コピー機が10数輌、日本国内で製造されたことが分かっています。1号機は、1950(昭和25)年に富山の不二越鋼材から購入されたものと伝えられており、 2号機が導入される頃までこの専用線で使われていましたが、メーカーや前歴などは判明していません。

ドコービル1 ドコービル2
和製ドコービルとして唯一現存する1号機。東洋活性白土工場内で 1971年 撮影=山猫軒主人

 この機関車は、1950年に小林宇一郎さんが見て以来、一部の好事家の関心を呼んでいましたが、広く存在が知られるようになったのは キネマ旬報『蒸気機関車』1970年春の号に掲載された『糸魚川のポプラの木』(けむりプロ)と、『鉄道ファン』112号(70年9月号)の 特集記事、そして『鉄道模型趣味』70年8・9月号で橋本真さんがイラスト入りの詳細な解説をした 「ある軽便専用線のすべて」(『ナローゲージモデリング』に再録)によるものと思われます。 いずれも今読んでもおもしろく、お勧めです。
 1号機は1983年の東洋活性白土廃業後、糸魚川の建設業者に引き取られていましたが、1999年(平成11)年に 羅須地人鉄道協会が購入し、成田ゆめ牧場で再起に向けた徹底的な修理が行われています。
 和製ドコービル機関車について関心のある方は、臼井茂信さんの『機関車の系譜図』第3巻をご覧ください。

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