今月の写真

「今月の写真」では、南軽出版局関係者が撮影した、軽便の魅力に溢れるシーンを公開します。ここで掲載したものは、翌月には再分類して「軽便の魅力」ページの画像倉庫にしまっていきます。 隔週で更新していますが、しばらくの間、阿里山森林鉄道の今昔を追うシリーズを続ける予定です。

貨物列車の車掌

『阿里山森林鉄道1966-1968』で紹介できなかったシーンの一つに、推進運転される貨物列車の先頭に座っている車掌さんの姿があります。下の写真は前回にとりあげた大崩落地帯を通過中の列車ですが、手前に向かって進んでいるところ。

 屏遮那~第一分道を推進で登る資材列車 1966年 撮影=夢遊仙人

急カーブが多く、列車の最後尾(奮起湖側)で後ろ向きに推進している機関車の運転席からは線路状態が見えないので、先頭で車掌が前方を警戒する必要があります。 山を登る客車列車や混合列車は必ず先頭(阿里山側)に車掌室のある客車か荷物合造車が連結されているので、車掌は室内から前方を監視しています(『阿里山森林鉄道1966-1968』12ページ写真参照)。 ところが、貨物列車では車掌室の無い貨車が先頭に立つことが多く、その場合はフラットカーや無蓋貨車の先端に居なければなりません。
 貨車の床に置いた箱や荷物の上に座って、一見のんびりしているように見えますが、落石や路盤の流出などがあれば、すぐに機関車に停止を指示する大事な役目を負っているわけです。 また、右の写真のように下山する機関車の前に連結した貨車に乗っていることもありましたが、これも万一の際に機関車が脱線することを防ぐためだったと思われます。
 車掌の乗る貨車が先頭に立つこうした姿は、本線だけでなくタタカ線内でも見ることができました。
 本線の蒸気列車が奮起湖から阿里山まで25km登るのには、3時間ほどかかります。そのうち機関車が一番後ろから推進するのは、奮起湖~第一分道、第二分道~神木、第四分道~阿里山の3つの区間で 行程の大半を占めています。その間ずっと前方を見つづける。停止の指示が遅れて貨車が脱線したりすれば、自分の生命が危ない。この大崩落地帯のような場所を通過するときは、さぞ緊張した事でしょう。 また、雨の多い阿里山で何も覆いのない貨車に座り、前方を注視する仕事はたいへんな重労働だったろうと思います。

 前後に貨車を付けて下山する機関車 1966年 撮影=杉行夫

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