人間と鉄道
尾小屋鉄道 蒸機運転の日
1970年代に入ると、ナローの蒸気機関車で現役といえるのは、尾小屋鉄道の立山重工製5号だけになっていました。いわゆる「産業用」スタイルで、コッペルや雨宮と比べると見劣りするのは否めませんが、それでも在りし日の「軽便蒸機」の姿を追い求める者にとっては、かけがえのない最後の一両だったのです。
晩秋のある日、新小松からの一番列車で終点尾小屋に到着すると、まだ東の稜線から射し始めたばかりの朝陽の中で、うっすらと煙を上げている5号機がいました。
いつもは埃にまみれている機関車が、ピカピカに磨かれています。今日は、この小さな鉄道が特別な運転をする日だからです。
まだ寒い中を、山あいの集落の人々が汽車を見にやってきました。小さなお孫さんを連れて見ている老人は、おそらく昔、この鉄道で働いていた方なのでしょう。もしかすると、この機関車の運転をしていたのかもしれません。
運転の準備が進み、点検をしているうちに、次第に陽も高くなってきました。丸太に腰掛けて機関車を眺めている親子。線路脇で日なたぼっこをしている犬。貨車や客車の陰では、子どもたちが走り回っています。
やがて、安全弁が吹き始めました。圧の上がった機関車は、構内を行き来して調子を確かめ、給水してまた休憩に入ります。機関士さんは一服しようと、マッチを捜索中。
たとえ機関車の形は平凡でも、こんな光景が見られることに私はすっかり嬉しくなりました。鉄道と人々の距離の近さ。それが軽便の魅力の一つだと気づくことができたのが、この日のいちばんの収穫だったかもしれません。