人間と鉄道
井笠鉄道 最後の日
1971年の春、井笠鉄道と頸城鉄道が終焉の日を迎えました。この年には花巻電鉄と簡易軌道も廃止され、その後はナローゲージの鉄道で客扱いをしているところというと、栃尾線と黒部峡谷鉄道、近鉄の2路線と下津井、非電化の路線では尾小屋鉄道だけになります。
3月31日、井笠鉄道の最終日には、きれいに塗られた蒸気機関車が煙を吐きながら先頭に立つ、「さよなら列車」が運転されました。この日は、ふだんくじ場の車庫に眠っている梅鉢製のディーゼルカーも登場し、飾り付けをした列車が一日中走り続けました。どの列車も、別れを惜しむ人々でいっぱいです。雨模様の空の下でも、沿線の人々は、線路際だけでなく駅の構内にまで入り込んで、列車を見送っていました。柵もフェンスもない、軽便ならではの光景です。
列車には、春休み中の子どもたちの姿が、たくさん見えます。この子どもたちにとって、この鉄道はおそらく、生活の一部、毎日の足ではなかったでしょう。でも、彼らの記憶の底には、きっと残っているに違いありません。昔、新幹線や国鉄の電車とは違う、線路の巾が狭い、遅くて小さな列車が故郷を走っていた日々があったことが。
このあと、もう5年生き延びた尾小屋鉄道では、ディーゼルカーが田圃の中をコトコト走っていましたが、井笠や頸城に残っていた格調高い木造オープンデッキの客車が連なるような列車は、もう見ることができませんでした。明治の香りが残る、「味噌汁軽便」の姿を追い求めていた者にとって、この春は、最後の宝物のような存在が消えていった時だったのです。